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2018.10.16

話せばわかりそうなものだけど

研究会や勉強会を主催していると、なんでなんだと言いたくなるような出来事にしばしば出くわすことがあります。たとえば会報をメール配信しているような場合にありがちなのが、催事の記事に申込先が別途記載されているというのに、配信メールへの単純返信で申し込んでくる人が後を絶たないことです。単純返信されないように配信専用のメールアドレスを作るのが有料だったりすると、どうしても割り切れなさを感じてしまいます。

メールに書かれた注意書きをついうっかり見逃すのはまだ分かるとして、会合などで直接連絡したにもかかわらず、まだ同じ現象が続くという経験をされたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。会合など一対多の関係で伝えられるメッセージは、どうしても聞き漏らしする人が出てくる可能性が残ってしまうようです。それはなぜなのでしょうか?

会合での連絡事項などは、メッセージの性格上どうしても最後に伝えられることが多い分、集中力が切れているということもあるでしょう。またそもそも人間は、人の話を聞かされることを負担に感じる生き物なので、「自分が対象なのかどうか」をまず判断してしまうという性癖があります。必ずしも自分が対象ではないと判断した連絡事項は聞き流すだけになるので、主催者側からすると「言っても伝わらない」人が出てくる原因になります。

これが一対一になると、伝わることの確かさはぐっと上がります。特に確認のフィードバックが取れる双方向のコミュニケーションが成立していれば、確かさは一層確実になります。

やって見せ、言って聞かせてやらせてみて褒めてやらねば人は動かず(山本五十六)

良く知られた対人コミュニケーションの極意を教える言葉ですが、この言葉の中にも「やらせてみる」というフィードバックのプロセスが織り込まれています。実は一対多のコミュニケーションでも、簡単なフィードバックのプロセスを織り込むだけで随分とストレスは軽減されることが知られています(小学校で先生が「分かった人は手を挙げて」という、あれです)。

これが多対一の関係になると、一対一の関係に比べて伝わることの確かさがさらにアップする反面で、伝えられるべきメッセージがまとまりにくくなるという別のストレスに悩まされることになります。また、多数側でメッセージの責任者となる人が明確になっていないと、メッセージ内容の信頼性が問題になるかもしれません。せっかくの組織知がなかなかうまくトップに伝えられない、というような場面に出くわしたことはありませんか?

これは仕組みづくりの問題で、複数の参加者が協力して一つのメッセージを作り出す訓練と実践が徹底されている組織であれば何でもない話なのですが、そうでないとなかなか難しいということになります。

逆に言えば、訓練と実践の話ですから、トップにその気がありさえすればどんな組織でもその仕組みを作ることは難しくはないのです。あなたの会社でも、「組織知をメッセージ化してトップに伝える」仕組みを導入されてみてはいかがでしょう。

2018.10.09

強みが強みである理由とは

経営コンサルティングに携わっていると、よく「強みは何か」だとか「強みを生かす経営とは」などという問いかけを目にすることがあります。目にするだけではなく、自身の意見や発表にもしばしばこの書き出しを使います。

それほどに一般化されている経営上の「強み」とは何か。ごく当たり前ですが、競合他社より優れていたり、競合他社には備わっていない戦略上の具体的な機能・能力などを言い表したコトバであると捉えて間違いないと思います。

でも、この「強み」ですが、自らの置かれた環境が変われば実は大きく変わるものなのですが、それを切実に認識している経営者は案外多くないように見受けられます。それは一体どうしてなのでしょうか?

たとえば、田舎の高校でスポーツがよくできる子がいたとして、おそらくその地域ではその子にとってスポーツができることは「強み」に違いないだろうと思います。結果としてその「強み」を生かして首都圏の大手私立大学へ入学できたとすれば、それは明らかに「強みを生かした」選択と言って差し支えないのだろうと思います。

ところが進学後、周囲には全国から選りすぐられたエリートばかりが集まっていて、合宿所では特に目立たない一学生へと大きく立場が変化します。それまでの「強み」がそうでなくなる一瞬です。

努力の甲斐あって、なんとか試合に出られるようにはなりますが、エースやスターになるには4年間はあまりにも短く、結局「強み」を生かしきれたかどうか、という段階で卒業することになり、都会で就職したり、故郷へUターンしてそこで仕事を見つけたりします。

そうする中で、こんどは趣味として向き合ったスポーツにおいては、再び「強み」を感じられる日々が訪れたりします。「〇〇大学でインカレに出ました。」一般的にはこの一言だけで十分な殺し文句になります。営業マンとして客先に出向いた際も、営業トークに花が添えられることになるでしょう。

実はこの論理は、個人だけが対象というわけではありません。国内の、厳しい競争環境で生き残ってきた歴史と言うのは、国内市場においては当たり前の歴史なのかもしれませんが、海外の潜在的ユーザーから見れば、何よりの強みにしか見えない、ということもあるのです。ポイントは、どこの市場で自分の強みを最大化できるのか、そういう市場にどうやってアプローチするのか、ということですね。

あなたの会社では、「強み」を最大化できる市場に取り組めていますか?そういう市場を切り出すための努力を続けていますか?

2018.10.02

投資の意思決定と従業員

企業経営者にとって、事業の売買や設備投資など、長期的な視点に立った投資の意思決定ほど精神的なプレッシャーを感じる瞬間はないのではないかと思います。

究極は、「儲かるかそうでないか」を判断する、と言うことに尽きる話です。どれだけ情報を集めてみたところで、またあれこれ与件をいじってみたところで、最終的には経営者の判断力にかかってくる話と言われればそれまでの話なのですが、目を通すのが収集された情報の結論部分だけでは、いかな名経営者といえども意思決定を誤る確率が上がってしまうのです。それはなぜか?

意思決定に向けて経営者が求める情報を、営業最前線から拾ってくるのは、多くの場合従業員の役目になるのだろうと思います。彼らは展示会に出たり、金融機関の話を聞きに行ったり、役所のセミナーに出たりして、経営者が求める(と思われる)情報を拾ってくるわけです。

その中から、経営者が求める情報をピックアップして報告するあたりまでが従業員の仕事とされているケースが多いのだろうと思うのですが(実際には各社で仕事の線引きがどうなっているかにもよります)、本当の投資判断に向けた情報は、取捨選択後のものもそうですが、どのような情報からそれらが選択されたのか、集めた全体情報から重要な要素が選ばれるプロセスに、意外と意味があるという場合があります。

たとえば積算単価を決めるために複数の会社から見積もりを取り、その平均値を採用すると言った場合、なぜだか一社とてつもなく安い(高い)札を入れてきたような場合がそれにあたります。同じ地域の同業他社であればある程度価格的にも収斂しそうなものですが、それがそうならなかったのはなぜなのか。

とりあえず採用する価格平均値の計算に、その数字を入れるべきかそうでないかなども、考え出すと時間が足りなくなること間違いないのですが、このあたりはめんどくさそうに見えても、多くは手足を動かして、懸念材料をつぶしておいたほうが良い類の話です。

このあたり、社員にまかせっきりにしておくと、前線の皮膚感が抜け落ちた意思決定になってしまいかねません。投資の意思決定につながる情報収集について、意思決定者の求める情報が何なのか、そのために従業員は何を経営者と共有しなくてはいけないのか。

長年一緒にやってきて、経営者の呼吸が分かっている「右腕」なら、言われなくても目配りできる話なのかもしれません。仮にそうであったとして、その「右腕」の仕事ぶりを尊敬し、その信用に足る意思決定をしようと思うなら、経営者のほうも階段を一段降りて、最終的に情報がどのように取捨選択されてまとめられたのかについても、従業員と情報を共有することを強くお勧めします。そうすることで、社員と認識を共有した立体的な意思決定が行えるようになり、「まさか」のミスが減らせるようになるのです。

あなたの会社では、プロセス情報を割愛して従業員から上がってきた最終成果物だけを見ていませんか?