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コラム

2018.07.10

働き方改革と、労働対価と成果の話

今国会で成立した「働き方改革関連法」は、2019年4月から順次施行されることになりました。世の中には様々な議論があると思いますが、経営者の立場から言えば、成果に対する労働対価の選択肢が増えることは歓迎すべき変化です。他方で残業規制などが厳しくなる部分もあり、労働時間の面では今までより自由度が低下する部分も出てくると思われます。

でも、ちょっと待ってください。労働対価をしっかり検討すれば、得るべき成果は必ず得られると、本当に言えるのでしょうか?社長の立場で考えると、兼業禁止規定のある社員に対して会社が支払う給与(+賞与)は、その社員にとって全ての金銭収入です。つまり会社がその社員の生活すべてを面倒見ている、と言える状況なのですが、そうだとしたら会社はその社員が会社に対して、追加的な労働なしに、合理的な勤務時間の中で提供しうる最善の成果を要求できる立場にいるはずではないでしょうか。

現実的には、一方で昇進・昇格など様々なインセンティブを用意しつつ、人事考課で成果の度合いを評価した結果に基づき給与や賞与が決定されている場合が多いと思います。つまり制度的に「成果は最善であってほしいが、そうでない場合は評価によって労働対価に反映するよ」という「仕組み」を採用しているわけです。そうすると、社員の側からも「給料分だけ働けば良いや」という反応が返ってくることになります。

サービス残業などが難しくなる流れの中で、決められた労働時間や業務指示書に基づいて最善の成果を求めるためには、管理面の仕組みだけでなく、成果そのものを自動的に産出するような仕組みが必要なのです。具体的には経営理念や経営目標が経営戦略まで一貫性ある形で社員と共有されていること、目標管理の仕組みが出来ていて、それに従った成果が定期的に報告されるようになっていること、スタッフ部門が仕組み全体の動きに継続的な目配りをしており、不具合は順次修正されるようになっていることなどが挙げられます。大企業では皆当たり前の話です。

ところが多くの中小企業ではこの仕組みが機能していないため、どうしても管理面中心の、いわば形だけの働き方改革に終わりかねないという例が多くなりがちです。せっかく世の中が働き方改革に注目しているわけですから、この機を逃さず最善の成果を求めるための仕組みを導入されては如何でしょうか?

世の中の流れについて行くことは当然として、世の中の流れを自らの変革に活用することこそ、有能な経営者が持つべき視点なのです。あなたは働き方改革を自らのビジネスに生かす形で活用できていますか?

2018.06.30

経営環境をくまなく見るためには

会社を取り巻く経営環境は、時々刻々と変化するものです。常に目配りしているつもりでも、社長一人が見ていられる範囲はおのずと限られるものです。どんな人間にとっても一日は24時間しかありませんし、会える人の数にも限界があります。

ではどうするか?会社であれば当然のこと、社員にやってもらうことを第一に考えます。仕事を手分けすることで、社長とは違う時間の過ごし方をさせることになります。でもそうなると、必然的に社長とは違う景色を目撃することになるわけで、経営(事業)環境の変化についても社長とは異なる情報に接することになります。社員の間でも、職種や職位が変わればまた、目に見える景色はそれぞれ変わってくるのです。製造現場の社員と営業最前線の社員の目に映る景色としての経営(事業)環境は、全くと言ってよいほど違うものですし、同じことが経理や人事と研究開発についても言えるのです。悪くするとそれがセクショナリズムの源泉になることもあるこのような違いを、むしろ積極的に認めたうえで、違って見える景色について語り合うことができたなら、それだけでずいぶんと経営(事業)環境への認識が変わってきます。それまでは漠として見えなかった未来も、なんとなくですが視覚的に認識できるようになり、見えた景色についてあれこれ考えを深められるようになります。

目には見えない変化ですが、企業にとっては大変意味のある変化です。これを上手く進めるコツは、視点を現在から少し未来にずらしてみることです。現在について語り合うと、どうしても構造的な問題点や責任のあり方など、仕事上の課題についての意見が出やすくなり、立場の違いが発言に影響する度合いも大きくなりがちです。それが5年後、あるいは10年後を意識した議論だと、視線を高くして長期的な観点から発言せざるを得なくなり、大局観を共有できる機会が増える分だけ小さな対立は表に出てきにくくなるのです。

他方で、「未来のことなんて、考えたこともない」という社員が少なくないのも事実だと思います。普段考えたこともない話題を振られたとき、一般的にみられるのは「黙ってしまう」という反応です。こういう場合に大切なのは、じっくり時間をかけてでも発言を引き出そうとするリーダーの忍耐です。

あなたは忍耐深く社員に接していますか?そして社員の情報を活用できる形で引き出していますか?

2018.06.30

アイディア・マイニングという手法を考えついたきっかけとは

ビジネス書のベストセラーというのは時代とともに移り変わるもので、ここ20年くらいの変化を見ると、土地や株式などの投資に関する本が売れた時代があったかと思えば、アドラー心理学や自己啓発本など、心の内面に関する本は時代を超えて売れる題材であるようです。

そういう意味ではベストセラーというよりロングセラーの部類に入る本の一つにラニー・バッシャムというアメリカのスポーツ科学者が書いた「メンタル・マネジメント」という本があります。この本には、「意識」と「下意識」という示唆的な概念が書かれています。「意識」の概念は人間が一時に考えることのできる事柄が一つだけしかないという、考えてみれば当たり前のことを説いており、「下意識」とは、それ以外の記憶すなわち忘れてしまった数日前の仕事、あるいは訓練や経験を通じて身に着けたさまざまな習慣や技能などをひっくるめた概念です。

もう少し「下意識」のことを考えてみます。これは意外と広くて深い概念で、長いこと訓練を受けたことにより黙っていても体がそう動く、しばらく使っていなくても比較的簡単に再開できるというような安定的なもの、たとえば自転車の乗り方やベテランスキーヤーの身のこなしなどから、ついさっきまで覚えていた(意識にあった)些末な事だが、新しい意識に押し出されてついつい忘れてしまったものまで、記憶としての耐性や当事者にとっての影響度は大きな差異があります。

ここで少し仕事場のことを思い出してみましょう。ビジネスパーソンの多くが手帳やスマホ、タブレットなどのガジェットを使ってメモや記録を取っていると思います。なぜかというと、「意識」は一つのことしか覚えていられないからです。他方で忙しく仕事をこなすには、どうしても覚えておく必要がある事柄は一つ以上存在することが多く、仕方ないのでメモや記録を取る、というのがごく一般的な対処法だろうと思います。

ところが、このメモや記録が曲者で、忙しいとついつい後回しにしたり、どうかするとメモすること自体を忘れてしまったり、一通りの仕事が終わるとメモそのもののありかを忘れてしまったり、字が判読しづらくて何を書いているのかわからなかったりすることがあります。

「下意識」の、比較的浅いところには、つい直近の出来事についての記憶のうち意識に残らなかったものが、あいまいな形の記憶として保存されています。このような記憶を私は「ソウイエバ記憶」と呼んでいます。さまざまな連想に刺激されることで、忘れかけていた記憶を取り戻したという経験は誰にでもあると思います。アイディア・マイニングという手法を考えたとき、まず最初に浮かんだ発想が「どうにかしてこの「ソウイエバ記憶」を意図的に活用できないものだろうか」、というものでした。

そのために開発した、カードを使った連想によるアイディアの掘り出しという手法自体は当社オリジナルのものですが、背景となる設計思想にはバッシャムとの邂逅が色濃く反映されているのです。こう書いてしまうと、なんだかサルマネのようにきこえるかもしれませんが、実際は全くそうでなく、社員の目に入った様々な情報を、漏水のように無駄遣いすることなく活用するために作られた専用ツールなのです。

「ソウイエバ記憶」は、「意識」から見ると忘れた記憶ということで、連想を刺激されない限り系統的に思い出すことはありません。偶然何かのきっかけがあって思い出したとしても、それは記憶の切れっ端であることも多く、体系的・構造的なものではないため、せっかく思い出したのにやがて忘れ去られてゆきます。そんな不確かなものを上司に対して報告するなど、普通の社員たちはまず間違いなく「しない」ことなのです。

あなたの会社では、社員に対して支払った給与の分だけ、経営に有用な情報を得ていますか?彼らが見たものを十分に活用できていると、自信を持って言えますか?